首里城

登城記
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日本100名城
所在地:沖縄県那覇市

登城日:2026年4月

 世界遺産となった琉球を語る上で外せない中心的なグスク。復元された多数の正殿は美しく、文化・歴史をふんだんに感じることができます。縄張や石垣も見応えあり

魅力度ポイント

 琉球文化と歴史を感じる城として沖縄では必見のお城です。城から見る那覇市街や海の眺望も絶景です。石垣、門、正殿エリアなど、くまなく見て回ると良いと思います。

点数はあくまでも個人的な見解です。魅力度ポイントの詳細については以下ご参照ください。

概略

 首里城は築城年代は不明ですが、第一尚氏による三山統一後に王城として確立されたようです。その後、尚真王、尚清王の時代に現在見られる城の基本的な縄張が整備されたと考えられています。小高い丘の上に立地し、曲線の城壁で囲まれており、城壁には歓会門瑞泉門などの城門が設けられました。城郭内側には正殿を中心に各施設は東西の軸に沿って配置されており、西側が正面となっています。

 首里城は国王とその家族が居住する王宮であると同時に、政治・行政の中心であり、さらには祭祀を運営する宗教上の聖地でもありました。城には10ヶ所の御嶽があるようです。

 1945年、太平洋戦争により全焼し、多くの建造物や石積みが失われました。戦後は琉球大学のキャンパスとして使用されましたが、琉球大学の移転に伴い、本格的な復元が1980年代から行われ、1992年に正殿などが朱色を基調として完成し、首里城公園として開園しました。2000年には、琉球王国のグスク及び関連遺産群としてユネスコの世界遺産に登録されています。しかし、2019年に火災により正殿を含む主要7施設が焼失し、現在復旧作業が進められています。2026年秋には正殿の復元が完成する予定です。

別名御城
城地種類平山城
築城年代14世紀頃   
築城主不明
主な城主第一尚氏、第二尚氏
文化財史跡区分 国指定史跡、世界遺産   

見どころ

縄張

首里城公園総合案内図

 守礼門の近くにあった案内図です。絵は上方向が東(縦が東西)で描かれているようです。首里城は外郭と内郭が石垣で囲まれていて、要所要所に門が設けられています。

首里城は広くて見どころも多いので、概ね通常の見学順路に沿って紹介します。

守礼門(しゅれいもん)

守礼門(正面から)

 こちらが守礼門です。沖縄と言えば、首里城正殿と並んで有名だと思います。二千円札の図柄としても採用されていますね。首里城の正面玄関のようなイメージだと思います。扁額の「守禮之邦」(しゅれいのくに)は、「琉球は礼節を重んずる国である」という意味だそうです。

守礼門(少し斜めから)

 太平洋戦争で破壊されましたが、1958年に復元されました。柱と屋根瓦の色がいいですね!琉球赤瓦で葺かれているそうです。こうして見ると琉球らしい風格のある門でしばらく眺めていたくなります。

守礼門あたりから見る首里城

 守礼門を通り抜けるとさらに門や石垣が見えてきます。グスクっぽい感じが強くなってきました。

園比屋武御嶽石門(そのひゃんうたきいしもん)

園比屋武御嶽石門

 園比屋武御嶽石門は、守礼門を過ぎて左側にあります。石門の背後にある森が御嶽です。国王が外出する際に安全を祈願した場所です。戦争で一部破壊されましたが、1957年に復元されています。首里城とともにこちらも世界遺産として登録されました。

歓会門(かんかいもん)

歓会門と城壁

 守礼門を通り、まっすぐ進むと見えてくるのが歓会門です。首里城の城郭内に入る第一の正門です。中国皇帝の使者である冊封使などを歓迎するという意味でこの名が門に付けられたそうです。正門だけあって並びの城壁も高くて堅固です。

歓会門

 この時は修復中で、門のイメージを表した布のようなもので覆われていました。石造りのアーチ門に櫓をのせた形式です。こちらも太平洋戦争で焼失しており、1974年に復元されました。

瑞泉門(ずいせんもん)

瑞泉門へ至る階段

 歓会門を通ると右側に階段が現れます。この階段が瑞泉門に続いています。

内郭沿いの道

 階段の隣にはまっすぐな道が続いています。こちらは内郭の城壁に沿った道のようになっていて、右掖門(うえきもん)の方へ続いています。本州の城でいう帯曲輪みたいなイメージでしょうか。

瑞泉門

 まっすぐには進まずに瑞泉門を通っていきます。途切れた石垣に櫓を渡した櫓門の構造になっています。戦争で焼失後、1992年に復元されています。門脇の石垣の角は隅頭石と言われていて、突端のように突き出ています。首里城だけの独特な構造であるようです。

向かって右側の石垣

 瑞泉門に向かって右側の石垣です。高さ6〜10mほどあるそうです。さすが、内郭の石垣だけに高いです。

瑞泉門から見る景色

 階段を上がって振り返って見ています。左側の工事中の場所が歓会門です。

門の左脇のシーサー

 向かって左側のシーサーと石垣です。内郭の高石垣がずっと続いています。

シーダー越しの景色

 シーサーの見る先に久慶門が見えます。石垣が曲線になっていることがよくわかります。このあたりからでも眺めはかなり良いです。

龍樋(りゅうひ)

龍樋の入り口

 瑞泉門を通り抜ける前に是非ここも見逃さずに寄ってください。瑞泉門へ続く階段の途中、右側にあります。

龍樋

 水が湧き出ている場所です。王宮や賓客の大切な飲料水でした。

龍樋の湧水

 今でも水が湧き出ているようです。すごいですね!城で水は貴重ですから、石垣で囲んで大切に守ったことでしょう。

漏刻門(ろうこくもん)

瑞泉門から見た漏刻門

 瑞泉門を通ると石垣に囲まれた空間に出ます。そこから左に見える門が漏刻門です。

漏刻門

 門の上の櫓には水で時間をはかる水槽が設置され、鐘で時間を報せたことから門の名が付けられています。駕籠の使用を許されていた高官もここで下乗する慣わしだったようです。こちらも戦争で焼失しましたが、1992年に復元されています。

広福門(こうふくもん)

広福門前のスペース

 漏刻門を通り抜けると少し広いスペースになっています。

北側の景色

 入って左(北側)の景色です。かなり高いところまで来ました。もっと晴れていれば海まで見えたことでしょう。

広福門

 入って右側に広福門があります。扁額には「廣福」とあり、「福を行き渡らせる」ことを意味します。広福門は明治の末頃、小学校の建築にともなって取り壊されたため、内部の構造については未だ不明のままです。現在は西側がトイレ、東側が券売所になっています。広福門の先から有料エリアになります。

下之御庭(しちゃぬうなー)

首里森御嶽(すいむいうたき)
首里森御嶽

 広福門を入った先にはまた少し広いスペースがあり、それが下之御庭です。下之御庭の中に御嶽があり、こちらが首里森御嶽です。さすがに首里城だけあって、御嶽も立派な門と石垣で囲まれています。

系図座・用物座(けいずざ・ようもつざ)
南の郭に続く階段

 広福門を入って右側にあるのが系図座・用物座という建物です。系図を扱う役所と物品や資材などの管理を行う役所が入った建物だったということです。外観復元で、内部は無料休憩所になっています。

奉神門(ほうしんもん)

奉神門

 広福門を入って左側にあるのが奉神門です。かなり大きくて立派な門構えです。この先は正殿があるエリアになります。

奉神門(正面から見る)

 3つの入口がありますが、中央は国王などの限られた身分の高い人だけが通行できたようです。我々は左の門から入ります。

正殿

正殿

 奉神門を通るといよいよ正殿のあるエリアです。正殿は現時点で復旧作業が進められているため、近付いて見学できません。このように修復作業用の足場や柵の隙間からのぞき見る感じになります。それでも正面の柱や屋根は彩色も施されているように見えて、かなり復旧が進んでいるように思えます。間近で見られる日が来たらまた訪れたいですね!

横から見る正殿

 横から見るとこんな感じです。復旧途中でもすでに華がありますね。

正殿エリア

正殿エリアから見える景色
北西の景色

 正殿や北殿、御庭(うなー)の周辺は復旧作業中で立入禁止なので、その外周りを歩くような見学順路になっています。北側の城壁からは正殿から見て北西方向にあたる守礼門歓会門まで見渡せます。

広福門前のスペース

 もう少し西側に目をやると、広福門と漏刻門のある区画も一望できます。

右掖門

 北側はちょうど右掖門(うえきもん)を真上から見下ろすような眺望となっています。

右掖門より東側の景色

 その右掖門から東側の眺望です。内郭より一段下がった外郭の曲輪のようなスペースが一望できます。右に見えている門は淑順門(しゅくじゅんもん)です。

淑順門の裏側

 淑順門の裏側です。正殿の脇の区画に繋がっています。

正殿の鬼瓦
鬼瓦の復元

 正殿屋根に配置されている鬼瓦の復元されたものが展示されてました。間近で見ると大きさがよくわかります、意外と大きいし、釉薬の塗りが鮮やかで綺麗です。

鬼瓦の残存物

 こちらは首里城の火災で焼失・破損した鬼瓦の一部が展示されています。目と鼻の部分が奇跡的に残ったようで、2025年の万博でも展示されていたようです。

世誇殿(よほこりでん)

世誇殿

 正殿の真後ろには世誇殿が外観復元されています。国王の即位の儀式が行われた建物です。現在建物内は休憩スペースとなっていて、大型モニターによる首里城遺構の紹介や正殿の装飾品などが展示されています。

首里城の東側のエリア

首里城の東側のエリア

 世誇殿の右側を通って、首里城の東側のエリアに行きます。世誇殿の裏側、正殿よりも東側のエリアになります。このエリアは神聖な場所の1つとされていました。東に行くにしたがって、すこし登る感じになっています。東端に東(あがり)のアザナがあります。

金藏跡

 世誇殿のすぐ裏側です。建物はありませんが、金藏があったようです。

井戸状貯水遺構

 登る途中の南側に井戸状貯水遺構があります。内部はトンネル状の空洞になっており、雨水を貯留するための施設であったと考えられています。

御嶽のある区画

 金藏跡の一段上の区画です。奥に御嶽が見えています。

御内原ノマモノ内ノ御嶽

 御内原(おうちばら)ノマモノ内ノ御嶽です。説明板の古写真を見ると往時は門があったようです。

白銀門

 御嶽のさらに東側の区画との間は城壁で隔たれており、この白銀門を通って行くことになります。上部の屋根も石造りでできていて格式高そうな門です。国王が通るための門であったと考えられています。

寝廟殿

 白銀門を通ると寝廟殿(しんびょうでん)のある区画に入ります。城壁で四方を囲まれています。国王が亡くなった時に一時的に霊柩を安置するところであったそうです。

寝廟殿から南側の通路に出る門

 寝廟殿のある区画からこの門を通って、南側の通路に出ます。

通路の西側

 通路に出て左を見ています。現在は立入禁止になっています。地図を見た感じ、ここを進むと美福門までつながっているように見えます。

通路の東側

 通路に出て右を見ています。長い階段になっていますね。ここを登っていくと東のアザナです。

東のアザナ(あがりのあざな)

東のアザナ

 ここが東のアザナです。城の東端に築かれた物見台で、城壁に囲まれています。首里城の中で最も高い場所にあるのではないでしょうか。首里城の正殿裏や那覇の街並みを一望できる場所です。

正殿裏の眺望その1

 一番大きな建物が正殿です。正殿裏の城壁に囲まれた通路や白銀門などが一望できます。通路は迷路のようですね。

正殿裏の眺望その2

 すこし角度を変えて見ています。西隣にある寝廟殿がすぐ下に見えます。

正殿裏の眺望その3

 もっと北に寄って見ると、内郭の外の区画や遠くに守礼門まで見えます。この写真だとちょっとわかりにくいですが・・。

北側の眺望

 北側は、街並みが見え、さらにその向こうに海も見渡すことができます。

南側の眺望

 南側は、内郭の石垣がよく見えます。南側の石垣もかなり高かったんですね、ここから見るとよくわかります。

東側の眺望その1

 東側は、外郭の区画がすぐ下にあり、東のアザナをぐるっと周るように通路があります。その外が外郭の石垣です。

東側の眺望その2

 東南の方向を見ています。通路が階段になって右側に降りていっています。その先は継世門まで続いています。

湯屋

湯屋の外側

 東のアザナを降りて、元来た道を戻ります。ただ、北側の城壁に沿って行きます。湯屋は世誇殿の北側にあります。

湯屋

 狭い入り口から入るとお風呂のような跡があります。女官たちの浴場だったようです。奥に見えているのが水槽だったようです。

淑順門(しゅくじゅんもん)周辺

右掖門の裏側

 さあ、ついに正殿エリア(内郭)から外郭に降りて行きます。淑順門から外に出ます。出て左を見るとこのように右掖門がありますが、右掖門の方へは進まず逆方面に行きます。

ガマ遺構のエリアへ

 淑順門を出て右側です。外郭のガマ遺構のエリアにつながっています。そちらの方へ進みます。

ガマ遺構

外郭北のエリア

 淑順門を出て右側に進んでいくとかなり広いスペースに出ます。内郭より一段下がった位置にある外郭の北側のエリアです。

内郭東側エリアの石垣

 右に見えるのが内郭の石垣です。下から見るとやはり高いですね。

東のアザナの石垣とガマ遺構

 もっと近づいていくと何やら洞窟のようなものがあります。その上の石垣は東のアザナがあるあたりです。

ガマ遺構

 この洞窟状の遺構がガマ遺構と呼ばれています。女官の休息所として使われた可能性があると言われているようです。

外郭南側への道

階段から見るガマ遺構エリア

 ガマ遺構を通り過ぎて先に進むと、首里城の南側へ迂回して行ける階段・通路があります。こちらは階段の途中から振り返ってガマ遺構のエリアを見ています。

外郭東端

 階段を登ると平坦なスペースに一旦出ます。写真に見えている階段から登ってきました。外郭の東端だと思われます。左に東のアザナを見ています。

東のアザナの石垣

 外郭から見上げる東のアザナです。この石垣に沿って回るように進み、階段を降りていくと城の南側へ行けます。

美福門(びふくもん)

外郭から見上げる美福門

 南側まで回ってきました。進行方向右側(内郭の南側)に美福門が見えてきました。

美福門と石垣と階段

 門までそれなりの段数の階段を登っていく必要があります。内郭の高さを感じますね。

美福門

 美福門はかつて首里城正殿が南面していた古い時代の正門であったと伝えられています。

経世門(けいせいもん)

経世門の内側

 美福門の南側には経世門があります。外から入ると経世門から美福門まで道がまっすぐ続いているようなイメージです。

経世門

 経世門の正面です。1544年に外郭城壁の工事を着工し、1546年に経世門を建てたという記録があるそうです。倭寇に備えて構築されたということですので、元々は美福門が南面の門でしたが、防御を厚くし、さらにその外側に経世門を作ったということだと想像します。

経世門右側の石垣

 石垣も堅固にできています。石垣の角として隅頭石がここにも設けられており、首里城の特徴を感じます。

内郭北側の石垣

右掖門の外側の石垣

 経世門まで行ったら元来た道を戻ります。東のアザナを半周する感じで回って、外郭を通って守礼門の方まで戻ります。こちらは外郭の通路から見た右掖門です。門のちょうど真横あたりから見ているので、門は屋根しか見えていません。

広福門の北側の石垣

 さらに戻って行きます。こちらは広福門のある区画のちょうど真横あたりです。内郭の石垣は2段になっていて、かなり高いですね、下から見るとよくわかります。

瑞泉門の石垣

 もう少し戻り道を進むと、左側に瑞泉門も見えてきます。こうして見ると内郭の防備はなかなか固いですね。

久慶門(きゅうけいもん)

久慶門の裏側

 瑞泉門あたりまで戻って来ると右側に久慶門が見えてきます。久慶門から外に出ます。

久慶門

 歓会門が正門であるのに対し、久慶門は通用門で主に女性が利用していたようです。ここを通ると、外郭から外に出ることになります。

寒水川樋川

 門の脇には寒水川樋川(すんがーひーじゃー)と呼ばれる湧水が出るところがあります。今は水は出ていないようですが、城内に降った雨が地下に浸透し、再び湧水として出てくる場所であるようです。

久慶門と石垣

 久慶門から出て、ついに外郭の外まで来ました。

外郭の石垣

 久慶門を出て左に進むと守礼門まで戻ることができます。外郭の石垣を左に見ながら首里城をあとにします。

アクセス

ゆいレール(モノレール)の首里駅から徒歩約15分

首里杜館(すいむいかん)に2カ所地下駐車場があるのでオススメです。ただ、けっこう混むようですので満車になるのが早いです。

スタンプ設置場所

 首里城の日本100名城スタンプは下記に設置してあります。(最新情報や詳細は公式サイトにてご確認お願いします。)

首里杜館

地下1階の総合案内所(守礼門側の出入口付近)に設置されています。

開館時間、休館日にご注意ください。

周辺スポット

玉陵(たまうどぅん)

 玉陵は第二尚氏王統歴代のお墓です。墓全体は石垣で囲まれて外庭と内庭に区画されており、石積みが素晴らしいです。太平洋戦争で破壊されてしまいましたが、1974年から3年かけて復元修復が行われました。2000年に首里城とともに世界遺産に登録されました。2018年には沖縄の建造物としては初の国宝に指定されています。首里城の守礼門からも近いので、是非首里城とともに訪れてみてください!

塀より手前
塀の中
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