続日本100名城
所在地:大阪府岸和田市
登城日:2026年3月
現代に残された城域は本丸、二の丸のみでそれほど広くありませんが、水堀や多様な石垣、復興建造物(天守、櫓門など)、犬走り、八陣の庭など、見応えある遺構が詰まっています。
魅力度ポイント


本丸、二の丸の石垣を外周をぐるりと回って見てみると、積み方の違いや巻き石垣、積み足された石垣など、多種多様な石垣を見ることができます。水堀に囲まれた天守のある本丸は近代城郭の雰囲気を感じることができます。
点数はあくまでも個人的な見解です。魅力度ポイントの詳細については以下ご参照ください。
概略
岸和田城は、正確な築城時期は不明ですが、南北朝時代に岸和田氏が築いたのが始まりと考えられています。戦国時代には、豊臣秀吉家臣の小出秀政が大改修を行い、さらには江戸時代の松平康重は総構えや城下町を整備したとされています。1640年(寛永17年)、岡部宣勝が入封し、城を完成させたと言われています。その後、岡部氏が13代続いて明治維新を迎えています。
本丸は変則多角形で水堀に囲まれており、北西に二の丸が、北・東・南はコの字形に二の曲輪が取り囲み、その外周を水堀と三の曲輪が囲む輪郭式の縄張りとなっていました。本丸には5層の天守がそびえていたようですが、1827年に落雷によって焼失してしまったようです。
現在は、本丸と二の丸の石垣、それらを取り巻く水堀が遺構として残されています。天守、櫓門、多聞櫓、隅櫓は全て昭和になってから復興されたものです。
| 別名 | 千亀利城 |
| 城地種類 | 平城 |
| 築城年代 | 不明 |
| 築城主 | 不明 |
| 主な城主 | 小出氏、松平氏、岡部氏 |
| 文化財史跡区分 | 大阪府指定史跡 |
見どころ
縄張

本丸隅櫓の中に展示してあった城の絵図です。いい絵ですね〜。往時の姿が描かれていると思います。水堀に何重にも囲まれた堅固な城ですね。現在は、真ん中に描かれている本丸とその下の二の丸、それらを取り巻く水堀が残っています。
二の丸
二の丸

本丸の北西側に土橋で連結している曲輪が二の丸です。建物の遺構はなく、現在はこんな感じの広場になっています。広場の一画には観光交流センターがあり、岸和田城情報も得られますので、寄ってみるといいと思います。

こちらは遺構でも復元でもなく、櫓を模倣したトイレになっています。二の丸多聞トイレという名前まで付いています。
二の丸東側の石垣と水堀

二の丸東側の石垣です。櫓っぽく見えているのは先ほどの二の丸多聞トイレです。東側の石垣と水堀を見ようと思ったら、トイレと岸和田市役所の間の小さな公園に行くと間近でよく見ることができます。近くの階段からその公園まで降りて行けます。

こちらでは珍しいものが見られます。巻き石垣といって、石垣の崩落を防ぐために石垣の外側に石垣を積んで補強しているものです。写真の真ん中あたりに見えている石垣がそれです。

二の丸東側の水堀です。左側が二の丸です。たくさんの亀が泳いでいました。
二の丸西側の石垣と水堀

二の丸西側の石垣と水堀です。右側が二の丸です。東側もそうでしたが、二の丸は幅の広い堀に囲まれているようです。

そしてこちらでも珍しいものが見られます。写真真ん中あたりに斜め右下の線のように見えている算木積の石垣があります。その右側に石垣が積み足されています。修復か拡張された跡のようです。理由は定かではないですが、積み足された痕跡ははっきりとわかりますね。

二の丸西側の水堀を挟んだ正面に展望スペースがあります。二の丸もよく見られますし、北側の紀州街道沿いにある城下町の街並みもよく見渡せます。
本丸の石垣と水堀
本丸北東側の石垣と水堀

本丸の北東側から見ています。左の高い石垣の曲輪が本丸で、その右側から出ているのが土橋です。ちょっとわかりにくいですが、その右側が二の丸になります。

本丸北東側の水堀です。北から見ています。右側が本丸です。水堀の外側が遊歩道のようになっていて、堀に沿ってぐるりと回れるようになっています。

本丸の北東側の石垣です。横矢掛りができるように出っ張っていますね。

ちょうど本丸の東側から見ています。本丸の東の隅を正面に見た感じですね。堀幅はかなり広いです。流石の本丸の守りですね。
本丸南東側の石垣と水堀

本丸南東側の水堀です。

南東側の面はちょうど天守の正面(?)がよく見える場所です。水堀と石垣、さらに天守を望める絶好のポイントです。

本丸南東側の石垣には門があり、石垣の外と行き来できるようになっているようです。用途はちょっとよくわかりません・・。また、石垣の裾には「犬走り」と呼ばれる細長い通路のような平地があります。これも珍しい遺構です。
本丸南西側の石垣と水堀

ちょうど真南から見た本丸と水堀です。堀の周りの遊歩道から一望できます。良い景色です。

本丸南西側の水堀です。こちら側も幅広いですね

本丸南西側の石垣です。右の野面積みと左の打込ハギで石垣の積み方がはっきり異なっていることがよくわかります。おそらく左側の方が新しい石垣だと思われます。

こちらは同じ面の石垣ですが、さらに二の丸寄りになります。犬走りもはっきり見てとれます。

ちょうど西側から見ています。本丸の西の隅には復興された隅櫓が建っています。北東側と同じように横矢が掛かるような造りになっていますね。
本丸櫓門

本丸への出入口となっている大手門です。櫓門とその右横に連結されている多聞櫓と隅櫓です。どれも1969年(昭和44年)に復興されたものです。もう60年近く経ってますね、、!

なかなか立派な素晴らしい門構えです。

門に入ると味のある犬猫の絵がお出迎え。ペットは禁止となっているようです。
八陣の庭

本丸に入って少し進むと本丸の平地の大部分を占めている八陣の庭が見えてきます。

1953年(昭和28年)に、作庭家の重森三玲(しげもりみれい)氏によって作庭されました。砂庭式枯山水庭園で、中国三国志の諸葛亮孔明の八陣法をイメージしているようです。中央の大将を守るように天・地・風・雲・竜・虎・鳥・蛇の各陣を八組の石組みで表現されているようです。独創的で画期的な近代庭園として2014年に国の名勝に指定されました。

確かに他では見られない独特な庭園です。この庭園は敵を攻めるためではなく、守る陣形として、平和への願いと城跡を保存し後世に伝える想いが込められているということです。理念には大いに感銘を受けます、素晴らしい。

枯山水なので、砂に水や波紋の模様があります。綺麗に手入れされていることが想像されます。維持していくのは大変だろうなと思いますので、感謝ですね。

平地から見るとわかりにくかった全体像は、天守の最上階から見るととてもよく分かります。本当にオリジナルな形をしてますね。

天守の最上階には八陣の庭の説明板もあります。
天守

本丸水堀の外側から見た天守です。天守、塀、石垣、犬走り、水堀が同時に視界に入るこの角度から見る岸和田城が良いですね!建造物は全て復興されたものですが、やはり天守や塀もあると近世城郭らしさが感じられます。

少し見る角度をずらして、同じく水堀外側から、南東側の天守正面を見ています。天守は1954年(昭和29年)に復興されています。もう70年以上前になりますね、すごい。

こちらは本丸内から見た天守です。八陣の庭に不思議と合っている感じがしますね。外側からは屋根しか見えなかった左側の小天守もよく見えます。
天守からの眺望

天守最上階は廻縁のようになっているので外に出て360度眺めることができます。南東方面だと和歌山県の方の山脈まで遠望できます。

逆の北西方面は海ですね。大阪湾が望めます。景色いいです!

天守二重目の千鳥破風の先端部分の瓦もよく見えます。どうやら岸和田市長の署名が彫られているようです。
アクセス
・南海本線「岸和田駅」から徒歩約15分
・南海本線「蛸地蔵駅」から徒歩約7分
車の場合は、市役所の駐車場が城の隣なのでおすすめです。駐車料金は発生します。
スタンプ設置場所
岸和田城の続日本100名城スタンプは、下記に設置されています。(最新情報や詳細は公式サイトにてご確認お願いします。)
・岸和田城天守閣受付
天守の受付の横に設置されています。
・開館時間、休館日にご注意ください。入場料が必要です。

