今帰仁城

登城記
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日本100名城
所在地:沖縄県国頭郡今帰仁村

登城日:2026年5月

 世界遺産として登録された琉球のグスク。外郭から主郭志慶真門郭まで曲線の石垣で囲まれている。城から沖縄の海を見渡せる眺望が素晴らしいです。

魅力度ポイント

 本州にはない沖縄独特の自然を活かした縄張りと美しい石垣が最高に素晴らしいです。琉球を感じる稀有な存在のお城です。

点数はあくまでも個人的な見解です。魅力度ポイントの詳細については以下ご参照ください。

概略

 14世紀の沖縄は「三山鼎立時代」と呼ばれ、北部地域を北山、中部地域を中山、南部地域を南山がそれぞれ支配していました。今帰仁城は、北山王国の中心であり、王の居城であったと言われています。しかし、1416年、中山王の尚巴志によって北山王国は滅ぼされてしまいます。その後は中山による北部地域の管理のため、北山監守が今帰仁城に置かれました。

 1609年、薩摩の琉球侵攻によって城は炎上し、廃城となったようです。以後は拝所として使用されたようです。1972年、沖縄返還と同時に国の史跡に指定されています。2000年には、首里城などとともに琉球王国のグスク及び関連遺産群としてユネスコの世界遺産に登録されています。

 城は沖縄本島北部の標高約100mのほぼ独立した丘陵に築かれており、南北約350m、東西約800mで県内最大級の城である。曲線を描いた石垣の城壁により複数の郭に区切られています。

別名北山城
城地種類山城
築城年代13世紀頃   
築城主湧川王子
主な城主湧川氏、怕尼芝(はにじ)、尚氏、他   
文化財史跡区分 国指定史跡、世界遺産

見どころ

縄張

今帰仁城の立体模型

 今帰仁村グスク交流センターから城へ至る道の途中に立体模型があります。城の全体像が掴めてとてもわかりやすいですね!
 一番左側の曲輪(たくさんの曲線の石垣で囲まれた領域)が外郭です。その右に行くにつれて標高は高くなっていき、尚且つより重要な領域になっていく感じです。この模型のある場所が外郭のちょうど外側だと思われます。

外郭

外郭の石垣と石積み

 左側の曲線になっている石垣が外郭の外側にあたる石垣だと思われます。外郭内部にも石積みがあり、石造りの城跡を感じさせます。発掘調査では屋敷跡が見つかっているようです。

外郭の石垣と内部

 外郭の石垣は高さ約2m前後の比較的低い石垣だったようです。しかし、長さは数百mあったといいますので、かなり長大な城壁だったと思われます。

外郭の石垣(西側)

 城の中心部に続く道を通ると、最初の2枚の写真にあるような北側の石垣がすぐ目につくのですが、上の写真のように城の西側にも外郭の石垣が続いています。長大ですね!

外郭から中心部へ

 この辺一帯が外郭の領域内です、広いですね!そして、この道に沿っていくと城の中心部へ行くことができます。向こうに大隈の高い石垣が見えています。この感じは気分が上がりますね〜!

外郭から見る大隈の石垣

 近づいていくとこんな感じです。曲線の高石垣いいですね!

撮影スポット

 石垣の前には撮影スポットが!訪れた人の多くが順番に並んで撮っていました。

古宇利殿内

 外郭の中には、このような復元された祠がありました。「古宇利殿内」の名前の通り、古宇利島の方向を向いているそうです。

アンモナイトの化石

 アンモナイトの化石も展示してありました。今帰仁城の城壁には約2億3000万年前の中生代の古い石灰岩が使われているそうです。それで化石が多く見つかるんですね。

外郭から見た大隈の石垣その1

 やはり、目の前に見える高い石垣に目を奪われます。この石垣の向こうは大隈と呼ばれている領域です。

外郭から見た大隈の石垣その2

 曲線が美しいですね!本州の城だとまず見ることができない形状です。

外郭から見た大隈の石垣その3

 何枚も写真をアップしてしまいますが、こちらはちょっと横から見ています。ずっと眺めていたい石垣です。

外郭から見た大隈の石垣その4

 さらにもう1枚!この写真の右側に石垣をくり抜いたように通路があるのがわかると思います。そこが平郎門で、城内に入っていくことができます。

世界遺産今帰仁城の石碑

 その平郎門の手前に今帰仁城の立派な石碑があります。

平郎門/七五三の階段/旧道

平郎門(へいろうもん)
平郎門(表側)

 平郎門は城の正門です。1962年(昭和37年)に修復されています。

平郎門(裏側)

 内側から見た平郎門です。左右に見張り用かいわゆる狭間のようなものがあります(どちらかわかりませんが・・)。天井の一枚岩がすごいですね。

表に向かって左側の狭間

 その左右の設備ですが、裏側から見てみると、これは見張小屋だったのではと勝手に想像してしまいます。門の左右のこのような設備を作るということはよほど堅固に作られているようですね。他の沖縄の城では見たことがない独特の作りのように思います。

七五三(しちごさん)の階段
平郎門から入った先の道

 平郎門からはこのような道が大庭まで続いています。道の両脇にはカンヒザクラが植えられています。

七五三の階段

 道の途中からは階段になっており、七五三の階段と呼ばれています。1960年代に整備されたようです。本来の登城道はこのような直線的な道ではなく、岩盤の谷間を利用した狭い道であったようで、それは旧道と呼ばれており、この階段の右側にあります。

旧道
旧道

 ちょっとわかりにくいですが、写真の真ん中に写っている上まで伸びている石敷きの道が旧道です。防衛機能上から道幅は狭く登りにくくなっています。

大庭から見た旧道

 旧道を登ってくるとこのあたりに出ます。大庭の南端に至るようです。

カーザフ

カーザフ(旧道あたりから見る)

 平郎門を入った道の右側にあるのがカーザフです。窪地になっていて、一段と低く、谷底のようになっています。沖縄の方言でカーは「川や湧泉」、ザフは「谷間」を意味するそうです。

カーザフ(外郭から見る)

 外から見るとこんな感じです。窪地の周りがさらに石垣で囲まれており、このあたりからはとても侵入できそうにありません。堅固な守りです。

大隈(うーしみ)

大隈(入ってすぐの岩場)

 大隈(うーしみ)は、平郎門から入った道の左側(カーザフと逆の位置)にある領域です。石垣の切れ目から入ることができます。城を訪れた人を見ていると、平郎門から真っ直ぐ大庭の方へ進んでいってしまい、大隈を見ずに通り過ぎてしまっている方が多かったように思います。それでは勿体無い!ここも是非見てください。入るとまずはこのように岩がゴロゴロと転がっています。

大隈から見上げる御内原

 大隈の南側に接しているのが御内原で、大隈より高いところにあるため、かなり見上げるかたちになります。

大隈から見る七五三の階段方面

 入ってきた方に振り返って見てみると、岩場の向こうに大隈を囲んでいる石垣が見えます。

大隈の中心部

 大隈はすり鉢状のようにもなっていて、中心部に行くに従って少しずつ低くなっています。こちらは底部あたりです。

御内原方面を見る

 北側から御内原方面を見ています。広いです!戦時に備えて馬を養い、兵馬を訓練した場所と伝えられています。

外郭方面を見る

 今後は逆に南側から北側の外郭方面を見ています。見えている石垣は外郭との境にある石垣です。それにしても広いです。曲線の石垣に囲まれ、ゴツゴツしたむき出しの岩と平地から構成されている曲輪は、本州の城にはない景色です!素晴らしい。

大隈の石垣

 この外郭との境になっている石垣が、今帰仁城でも最も高いと言われている石垣です。外郭から見た時に「今帰仁城」の看板が置かれている撮影スポットがありましたが、その裏側がこのあたりだと思われます。

大隈の石垣(接写)

 この曲線美がたまりませんね。椅子を持ってきて、もっと長く見ていたいくらいです・・。

大庭(うーみやー)

大庭

 大庭(うーみやー)は、平郎門を通って真っ直ぐ進み、階段を登った先にある領域です。広い平地に芝生がキレイです。正殿、北殿、南殿といった建物があったと言われています。政治・宗教儀式が行われた重要な場所と考えられています。

大庭と主郭の間の石垣

 東南側が主郭と接しており、その間には石垣が築かれています。

カラウカー
カラウカー

 大庭の南端に近い位置にカラウカーがあります。窪んだ自然の岩石があり、常に水をたたえていたと言い、かつて女官達が髪を洗ったり、水量で吉凶を占ったと伝えられています。

カラウカーの水

 確かに水がたたえられていました!しかし、これが前日の雨水なのか、伝えられているカラウカーの水なのか、定かではありません・・。

ソイツギ(城内下の御嶽)
ソイツギ(城内下の御嶽)

 ソイツギ(城内下の御嶽)は、大庭の北端側にあります。今帰仁城には最も聖なる場所が2つあり、その内の1つとされています。

御内原(うーちばる)

御内原

 御内原(うーちばる)は、大庭の北東側に隣接している領域で、女官達が生活した場所と伝えられています。

御内原の北端

 北端からの眺望は素晴らしいです。一本の木が絵になるので撮ってみました。その先に海が見渡せます。

御内原から大隈を見る

 北側が大隈になっていて眺めは最高です。大隈を一望できます。

大隈の石垣

 曲線の石垣を上から眺められるのは最高です。美しい・・!

大隈の石垣と海

 そして、海が綺麗です!やはり沖縄の海は別格に綺麗です。石垣、、海、、綺麗な海と城が一望できるのは沖縄の城ならではの良さだと思います。

テンチジアマチジ(城内上の御嶽)
テンチジアマチジ(城内上の御嶽)

 テンチジアマチジ(城内上の御嶽)は、御内原の南東側にあり、今帰仁城の最も聖なる場所と言われています。昔は御内原とテンチジアマチジは男子禁制だったと伝えられています。

主郭(俗称:本丸)

主郭

 御内原の南側と大庭の東側に接している領域が主郭です。御内原から渡ってきた所から見ています。主郭は今帰仁城で最も中心的な建物があった場所です。多くの礎石が現存しているようです。

主郭(中心から北側)

 こちらは逆に御内原方面を見ています。木板の通路から渡ってきています。

火神の祠

 主郭の南側には火神の祠(ひのかんのほこら)があります。「今帰仁里主所火の神(なきじんさとぬしどころのひのかみ)」と呼ばれ、第二尚氏時代の北山監守一族の火の神が祀られています。琉球の信仰において、火は家とそこに住む人々を守ると信じられています。

主郭から見る志慶真門郭

 主郭の東側のかなり低くなった場所に志慶真門があり、主郭からはよく見渡せます。

主郭南側の石垣と門

 主郭は石垣で囲まれています。南側の石垣の間に通路(門)があり、ここから志慶真門郭まで降りていくことができます。

志慶真門郭(しげまじょうかく)

志慶真門郭への道

 主郭の石垣の間を抜けると志慶真門郭(しげまじょうかく)へ降りる階段が続いています。かなり低いところまで降りていきます。

主郭南端の石垣

 階段を降りる途中で見上げた主郭の石垣の南端部分です。今帰仁城で最も高い位置にありそうで、勝手な想像ですが、石垣の上は見張り台のようになっていたかもしれません。

主郭方面を見る

 降りてきました!広い!そして主郭とはだいぶ高低差があります

主郭の石垣

 主郭の石垣を見上げています。立派な石垣で、かつ、やはり曲線的な作りが美しいです。

志慶真門郭

 志慶真門郭を見渡すと、上は主郭の石垣、下も郭の石垣に囲まれて、非常に広い領域になっています。石垣の先の緑の向こうには海も望めます。綺麗な景色です。
 この郭は掘立柱建物の遺構が表示されているように、4棟の建物跡が発見されています。城主に仕えた身近な人々が住んでいたと考えられています。

志慶真門跡

 南側の石垣の一部が崩れているところがあります。ここが志慶真門の跡です。志慶真門郭の南には集落があり、そこに通じていると言われています。

アクセス

バスもあるようですが、沖縄なので車で行くのがお勧めです。
第1〜第4まで駐車場があり、約300台ほど駐車できるスペースがあるようです。

スタンプ設置場所

 今帰仁城の日本100名城スタンプは下記に設置してあります。(最新情報や詳細は公式サイトにてご確認お願いします。)

今帰仁村グスク交流センター

開館時間、休館日にご注意ください。

スタンプ設置場所

今帰仁村グスク交流センターのチケット売り場の隣にあります。

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