長篠城

登城記
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日本100名城
所在地:愛知県新城市

登城日:2018年7月

 本丸の土塁は一見の価値がある迫力です。武田軍と織田・徳川連合軍が激突したあの有名な長篠の戦いの舞台となった場所です。戦国の合戦を身近に感じることができる城跡です。

魅力度ポイント

 なんといっても長篠の戦いが有名ですが、城の内堀土塁の迫力には圧倒されます。戦国の戦いと城の歴史を感じる場所です。

点数はあくまでも個人的な見解です。魅力度ポイントの詳細については以下ご参照ください。

概略

 長篠城は、1508年(永正8年)に菅沼元成(すがぬまもとなり)が築城したと言われています。戦国時代、武田氏と徳川氏が長篠城の争奪戦を繰り返しており、徳川家臣である奥平信昌(おくだいらのぶまさ)が城主であった時に、あの有名な長篠の戦い(1575年)が始まります。攻め寄せる武田勝頼の軍勢に対して、長篠城は籠城して持ちこたえます。その後、到着した織田・徳川連合軍が武田軍に勝利し、徳川家の三河支配を盤石なものとしました。これにより、防衛拠点として長篠城は役割を終え、1576年(天正4年)に、奥平信昌が新城城(しんしろじょう)へ移ったため、廃城となりました。

 城は宇連川(うれがわ)と豊川(とよがわ)が合流する断崖上に築かれています。本丸(主郭)を中心に、南側に野牛曲輪、北側に二の丸(帯曲輪)が配置されています。その外側に弾正曲輪巴城曲輪があります。城の北側以外は断崖に囲まれているため、守りやすく要害堅固な城でした。現在は、本丸の周りの土塁空堀が遺構として残っています。また、本丸と野牛曲輪の間には鉄道の飯田線が走っています。

別名末広城、扇城
城地種類平城
築城年代1508年(永正8年)   
築城主菅沼元成
主な城主菅沼氏、奥平氏
文化財史跡区分 国指定史跡

見どころ

縄張

縄張図

 本丸入り口付近にあった縄張図です。非常にわかりやすいです。地図は上が南になっています。南・東・西は川と断崖のため、とても攻められそうにありません。北側の防御のため、土塁と堀が二重、三重にも設けられています。

内堀

二の丸から見た内堀

 内堀は本丸と二の丸(帯曲輪)の間にある堀です。長篠城の史跡保存館の駐車場が二の丸にあり、本丸に向かおうとすると内堀が見えてきます。迫力あります!すごいです。深くて広いです。

本丸入り口付近から見た内堀

 堀の長さは約90mだそうです。往時は幅約15m、高さ約10mだったそうです。武田軍もこの堀は越えられなかったようですね。

本丸土塁の上から見た内堀(北東側)

 本丸の土塁の上から見ると高さがよくわかります。二の丸を見下ろす形になります。

本丸土塁の上から見た内堀(北西側)

 1枚目の写真を、逆方向から、土塁の上から見た感じです。右側が二の丸になります。壮観な景色です。

本丸

本丸の土塁と出入口

 下が内堀、その向こうに土塁があり、右側に通路が通っているのが本丸の出入口です。土塁で挟まれていたようです。

本丸

 本丸に入ってみると結構広いです。芝生が綺麗に整備されています。

本丸の出入口方面を見る

 本丸の奥から出入口方面を見た感じです。

野牛曲輪

 本丸のさらに奥(南側)には野牛曲輪と呼ばれている曲輪があります。飯田線の線路の向こう側で建物がある所がそうです。

本丸土塁

本丸土塁

 本丸は土塁で囲まれています。けっこう高さがあります。

土塁と堅木植樹の碑

 本丸東側の土塁のそばには堅木植樹の碑があります。

志賀重昂(しがしげたか)が、アメリカの「アラモの戦い」が「長篠の戦い」と似ていることに感激し、大正3年(1914年)、両国の勇士をたたえる詩文を刻んだ石碑をアラモ砦に献納しました。平成2年(1990年)、そのお返しに日米親善交流の証として、砦跡にそびえたライブオーク(樫の木)の種子がアラモ側から長篠に贈られました。種子は育苗の後、平成4年(1992年)、長篠城跡に植樹され、記念碑が建てられたということのようです。

本丸北側の土塁

 本丸北側の土塁には鳥居がありました。以前は城内にお稲荷様を祀っていたようです。その名残と思われます。

本丸北側の土塁の上

 土塁の上にあがって散策することができます。

土塁の上から見る飯田線

 本丸の東側は飯田線が走っているので、土塁の上からだと線路がよく見えます。手前の落ち込んでいる部分は内堀です。

土塁の上から見る本丸出入口

 本丸の出入口付近の土塁の上も歩けます。右側の通路のようになっている所が出入口です。

長篠の戦いの痕跡

長篠の戦いの図

 長篠城といえば、長篠の戦いですよね。城跡の所々にこんな風な案内板がありました。長篠の戦いの時の武田軍と織田・徳川軍の布陣図ですね。見ていて飽きないですね。

長篠の戦い史跡めぐりコース

 こちらは長篠城と長篠城を取り囲む砦を含めて巡るコースの案内図です。全部回ってみるのも面白そうですね。大変でしょうけど・・。

鳶ケ巣山の案内板

 本丸の飯田線の線路際に鳶ケ巣山の案内がありました。武田軍の陣地跡ですが、このあたりから見えるようです。

鳶ケ巣山陣地跡

 望遠で撮ってみました。これが本当に鳶ケ巣山で合っているのか自信がないですが、砦っぽい感じはします。

武田軍の砦の説明板

 長篠城を取り囲んだ武田軍の砦についての説明板もありました。

鳥居強右衛門の説明板

 長篠の戦いで有名な鳥居強右衛門(とりいすねえもん)の説明板もあります。

鳥居強右衛門は、援軍を求めて川を下って岡崎城まで行き、援軍要請をした後、長篠城に引き返しました。ところが、戻る最中に武田軍に捕えられてしまいました。「援軍は来ない」と城に伝えれば命は助けると約束されましたが、「援軍は来る!」と叫んだため磔にされた、という勇士を称えた有名な話ですね。

鳥居強右衛門磔の場所の案内板

 その鳥居強右衛門の磔の場所も本丸内に案内がありました。ただ、対岸であったため、木々も茂っており、よく見えませんでした・・。

アクセス

JR飯田線「長篠城」駅より徒歩約8分

車の場合、無料駐車場があります。二の丸にあたる場所にありますので、城の散策に非常に便利です。

スタンプ設置場所

 長篠城の日本100名城スタンプは、下記に設置されています。(最新情報や詳細は公式サイトにてご確認お願いします。)

長篠城址史跡保存館

長篠城址史跡保存館

開館時間、休館日にご注意ください。ただ、スタンプは館外にありますので、開館時間外でも押印可能となっています。

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