黒井城

登城記
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続日本100名城
所在地:兵庫県丹波市

登城日:2019年11月

 山城なのでちょっとした登山が必要ですが、山頂の主郭部の石垣や曲輪は素晴らしく、また、城跡から見る眺望は美しくて感動的です。麓からも山頂の城跡をぜひ見上げてください。

魅力度ポイント

 山頂の曲輪や石垣など、山城の素晴らしさを感じられる城です。なにより絶景が最高です。山頂からの眺望としては、他では見られない素晴らしさがあると思います。

点数はあくまでも個人的な見解です。魅力度ポイントの詳細については以下ご参照ください。

概略

 黒井城は、1335年(建武2年)に赤松貞範(あかまつさだのり)が丹波氷上群に所領を与えられ、山頂に城を築いたことが始まりと言われています。16世紀前半には萩野氏の城となったが、萩野氏の養子である赤井直正(あかいなおまさ)が城を奪っています。赤井直正は織田信長に服属していましたが、天正初年頃に離反しています。赤井氏は織田家に抵抗を続けていましたが、1579年(天正7年)、明智光秀の丹波攻略によって城は落城します。落城後は明智光秀の重臣斎藤利三(さいとうとしみつ)が城に入り、氷上群一帯を統治しています。その後、1584年(天正12年)に廃城となっています。

 城は、丹波市の猪ノ口山(標高356m)の山頂部を本丸とし、三方の尾根伝いにも曲輪を配置していた。山頂部分の曲輪の大きさは東西約170m、南北約45mで、石垣と土塁で固められている。北から本丸、二の丸、三の丸が段階状に配置され、その一段下に東曲輪、西曲輪、帯曲輪が取り巻くように配置されている。さらに、山麓にかけて三段曲輪などの曲輪群が配置されており、全山が要塞化されていた。

別名保月城、保築城   
城地種類山城
築城年代建武2年(1335年)   
築城主赤松貞範
主な城主赤松氏、萩野氏、赤井氏、斎藤氏   
文化財史跡区分 国指定史跡

見どころ

山麓

興禅寺(黒井城の下館跡)
興禅寺

 山麓にあった黒井城の下館の場所に、現在は興禅寺があります。立派な石垣と堀を持っていますね。徳川家光の乳母として有名な春日局が生まれた場所でもあるようです。春日局の父は斎藤利三です。斎藤利三が黒井城主であった時に誕生したようです。

山麓から見る黒井城主郭部
興禅寺付近から見る黒井城

 興禅寺付近から山頂の黒井城を望むことができます。写真ではわかりにくいですが、肉眼では石垣が判別でき、城跡であることが確認できます。

ちょっと望遠

 望遠でアップにしてみます。城であることがだいぶよくわかりますね。

さらに望遠

 もっとアップにしてみます。石垣曲輪の形までわかりますね!山頂に石垣などの城跡が見えるとテンション上がります!山頂の城跡を見上げるのはいいですよね!見飽きません。おそらく周辺の木々を伐採して見やすくしているのだと思います。

登城路/山麓曲輪

麓の駐車場

 黒井城麓の駐車場です。別名である保月城址の名称で登山口の石碑があります。登城路は2つコースがあるようです。この写真の左奥に見えているコースと右の方のコースです。この時は左奥のコースが工事中で入れませんでしたので、右のコースから登城します。

右のコース

 その右の方のコースです。山に向かって右側にあります。早速階段が見えています。

登城路の階段(上から見る)

 いきなり結構な段数の階段を登りました。急峻です・・。

門扉

 すこし行くと門扉がありました。どうやら猪が入らないようにしているらしいです。

三段曲輪跡の看板

 主郭部へ行く途中の南の尾根に三段曲輪があります。

三段曲輪跡

 確かに三段の曲輪が段階状に配置されているような感じでした。

石踏の段

 さらに登っていくと途中に石踏(せきとう)の段と呼ばれる曲輪があります。ここがどうやら山の7合目あたりらしいです。

主郭部の門扉

 主郭部に入るのにも門扉があります。やっとここまで来ました。かなり登ってきました。

主郭部に入ってすぐの景色

 主郭部に入ると一気に視界が開けます!素晴らしい景色です!登ってきた甲斐がありました。パンフレットによるとゆっくり登って約60分、早い人で約30分の所要時間だそうです。私は30分くらいかかったかな、、11月なのにかなり汗をかきました・・。

東曲輪

東曲輪跡

 主郭部の入り口にあたるのが東曲輪です。登ってきてまず石垣が視界に入ってきますのでテンション上がります!山頂の石垣はやっぱりいいですね。もの寂れた雰囲気もなんとも言えずいいです。

東曲輪跡の石垣

 パンフレットによると右側隅の石垣は積み足されているようです。確かにそのように見えますね。

東曲輪から見る南側の景色

 山頂だけに景色が最高です。周りが高い山に囲まれていないため視界が広く、360度見渡せる感じです。

東曲輪から見る西側の景色

 こちらは西側です。遠くの山々までよく見えます。

三の丸

三の丸跡

 東曲輪に隣接して一段上がったところにあるのが三の丸です。城門の礎石があったようです。

三の丸から二の丸方面を見る

 隣の一段高いところにある曲輪が二の丸です。その奥が本丸になっています。二の丸の石垣も下部あたりが残っていますね。

二の丸

二の丸と三の丸の間

 二の丸に行くには西側から少し回り込んで登る感じです。

二の丸

 かなり広い曲輪になっています。並瓦、軒瓦などの遺物が発見されていることから瓦葺きの建物があったと考えられています。奥に見える一段高い曲輪が本丸です。

二の丸から見た本丸

 本丸南面には崩壊が進んでいそうですが、石垣が残っています。

二の丸から見た西側の景色

 二の丸から見る景色も最高です。太陽の光と、二の丸の木々と、後ろの山々が、ちょうどいい感じだったので撮ってみました。

本丸から見る二の丸

 本丸から見た二の丸です。天空感があります。やはり天気が良いと最高ですね。

本丸

本丸東南隅の石垣

 本丸と二の丸の間にはと思われるものがあり、本丸南面には石垣が残っています。こちらは東南隅あたりの石垣です。

本丸と二の丸の間の堀

 おそらくだと思われます。左側が本丸で、右側が二の丸です。西日を受けて、自分の影が伸びています。

本丸西南隅の石垣

 こちらは本丸西南隅あたりの石垣です。かなり崩壊が進んでいるように見えます。

西南隅の石垣

 もっと間近で見た西南隅の石垣です。野面積みですね。本丸入り口付近なので、守りもより堅固にしていたのかもしれません。

本丸跡

 本丸です。本丸跡の看板がちょうどいい雰囲気です。

二の丸方面を見る

 本丸も結構広いです。向こうに見えている一段下の曲輪が二の丸です。

保月城址の石碑

 本丸の奥には、黒井城の別名である「保月城」の名前で石碑が建っていました。

北側の眺望

 それにしても眺望が素晴らしいです。北側は、山並みが広がっています。紅葉の時期も良さそうです。

南側の眺望

 南側は、山麓の市街地と田畑の風景がよく見渡せます。

西曲輪

本丸から見た西曲輪

 本丸のさらに奥(北側)には西曲輪があります。主郭部の最北だと思われます。

西曲輪

 西曲輪まで降りて撮っています。右側が本丸です。

西曲輪から見た本丸

 西曲輪から見た本丸です。高低差ありますね。「保月城址」の石碑の背中が見えます。

帯曲輪

西側
本丸西側の石垣と帯曲輪

 本丸西側の石垣帯曲輪です。主郭部を取り囲むように、幅数mの帯曲輪があります。

帯曲輪から見る本丸西側の石垣

 帯曲輪から見上げる石垣は上から見るのとはまた違った趣きがあります。

帯曲輪から見る本丸と小曲輪の石垣

 先ほどとは逆向きに見ています。外に突き出ている石垣が本丸と二の丸の間にある小曲輪と呼ばれている曲輪の石垣です。

小曲輪の石垣(西隅)

 なかなかの石垣です。織豊期の石垣と考えられています。山の麓からも見えていた石垣ですね。

小曲輪の石垣(南隅)

 黒井城に残存している石垣の中で一番高いように思われます。

東側
本丸と二の丸

 東側の帯曲輪から見た本丸二の丸です。陽が落ちかけているため、東側が陰になって見えにくいですが、奥が本丸で手前が二の丸です。こちら側には往時からなかったのか、石垣は見られません。

本丸と二の丸の間の堀

 ちょっと暗いですが、帯曲輪から見上げる本丸と二の丸の間のはこんな感じです。

アクセス

JR福知山線「黒井駅」から黒井城の麓まで徒歩約15分。そこから約30〜60分(山道を登るスピードによる)で山頂です!

黒井城の麓に駐車場があり、車の場合はこちらが便利です!

スタンプ設置場所

 黒井城の続日本100名城スタンプは、下記に設置されています。(最新情報や詳細は公式サイトにてご確認お願いします。)

春日住民センター

・開館時間、休館日にご注意ください。

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